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7Key Technology 7つのキーテクノロジー

Key technology 01
生体関連小分子の無標識検出技術

生体内の小分子を生きたまま見る技術を確立

東京農工大学
工学部生体医用システム工学科
三沢 和彦 教授

1987年東京大学理学部物理学科卒業。1992年同大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了(理学博士)。その後は日本学術振興会特別研究員PD、東京大学大学院理学計研究科助手などを経て、1999年より東京農工大学工学部勤務。2006年より現職。2017年からは工学研究院長、工学府長、工学部長を務める。日本物理教育学会 理事、JST CREST 次世代フォトニクス 領域アドバイザー、JST CREST 革新光 領域アドバイザー。

蛍光顕微鏡などでは見ることができなかった生体低分子を、生きたまま見ることのできる「コヒーレントラマン顕微鏡技術」。
従来では2台以上のレーザーが必要となるところ単一レーザーで計測可能とし、さまざまな低分子化合物の検出にも成功してきました。
コンソーシアム設立により、この技術の応用範囲も大幅に広がりつつあります。

Key Words

  • 生体小分子
  • ラマン分光
  • ラマン散乱
  • 小分子化合物
  • コヒーレントラマン顕微鏡

コアとなる「コヒーレントラマン顕微鏡技術」

生体内ではホルモンやビタミンなどの生体低分子と呼ばれる化学物質が働き、生命機能をコントロールしています。
また、一般的に使われている医薬品に使われている有効成分のほとんども低分子化合物です。

生命科学や医学の世界ではこれら低分子の化学物質が生体内でどのように働いているかを観察する必要があり、そのためのイメージング技術が開発されてきました。
代表格といえるのは、蛍光分子で目印をつけ、生きたままの分子を捉える蛍光顕微鏡技術です。
しかし、生理作用に関わるような低分子化合物より分子量の大きな蛍光分子で標識すると、低分子化合物の性質が変わってしまい、本来の低分子を捉えられなくなってしまうという問題がありました。

そこで、私たちが開発したのが、生体関連小分子に蛍光分子などの標識をせずに形や分布を捉えることができる「コヒーレントラマン顕微鏡」です。
分子が放射または吸収する光の色の違いから、分子の情報を読み取ります。

この技術は、分子を通過した光が、その分子の振動の影響を受けて色の変化した微弱な光を出すラマン散乱という現象を利用。
瞬間的に発光するパルスレーザーを照射して、分子を強制的に振動させて強いラマン散乱光を発生させます。
このとき出てくる色は、分子を構成する元素や原子核の結合の違いによって“ズレ”が生じるため、色ごとの散乱光の強さを見れば、どのような化学物質がどれだけの濃度で含まれているかがわかるのです。

溶液を添加した後の脂肪組織の顕微鏡撮影
(左)透過顕微鏡像、(右)薬剤のコヒーレントラマン顕微鏡像。右は溶剤をくっきりと認識できる。

ただし、従来のラマン顕微鏡では、分子振動を起こさせるレーザーと分子振動による光のズレを生じさせるためのレーザー(信号光)という2台以上のパルスレーザー装置を高精度で同期させる必要があり、それが技術の普及を難しくしていました。

対して、私たちが開発したコヒーレントラマン顕微鏡では、1台のレーザー装置から出てくるパルス光を3つのパルスに分割。
10~20フェムト秒の超短パルス(1フェムト秒=1000兆分の1秒)で分子振動を起こさせ、その直後に2つのパルス光を同時に照射するというように、時間波形を精密に制御して照射します。
これにより、単一レーザーながら高精度で信号を捉えることが可能になりました。

コヒーレントラマン顕微鏡システムの概略図
位相変調装置を用いて、分子振動を起こさせた上でラマン信号光を発生させる。

生体内での麻酔成分などの計測が成功

無標識、非破壊、非接触での観察が可能なコヒーレントラマン顕微鏡は、“形を見る”ということにとどまらない、“生命活動に寄与する物質を、生体内でそのままの状態で見る”ことを可能にします。

そこで私たちは、薬剤成分である低分子化合物の生体内で濃度分布などを見る研究を中心に進めてきました。
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科の寺田純雄教授らとの共同研究では、吸入麻酔薬(ガス)を生体内で検出するなど、主に医療分野での応用研究を行っています。
2010年には、生きたイカの神経細胞(巨大軸索)に注入した麻酔薬(セボフルラン)を測定し、細胞内における麻酔ガス分子の位置を特定することに成功。
その後、ヒトを対象とした研究へとステップアップしています。

現時点では神経生理学的にインパクトのあるような結果が出るには至っていませんが、麻酔ガスが神経信号伝達をブロックする過程を分子レベルで解明することを目指しています。

麻酔薬分子の画像化

生態環境を模倣して、水を満たしたサンプルセルにオレイン酸滴を分散させ、麻酔成分のセボフルランを水中に導入した。スペクトル情報から濃度分布画像を構成した。時間が経過するにつれて、水中のセボフルランがオレイン酸中に濃縮されていく様子が直接観測できた。

麻酔薬以外にも、ステロイド分子、アミノ酸およびアミノ酸誘導体、ビタミン類の局在分布を画像化に関する研究を行っています。
中でも大きな効果を挙げているのは、美容成分の皮膚浸透の画像化です。肌の潤い成分や紫外線吸収剤といった美容成分が、どれくらいの時間で皮膚の深部まで届くか、コヒーレントラマン顕微鏡を使って調べています。
皮膚は外部刺激から肌を守るバリア機能を持っているため美容成分の浸透が難しくなりますが、薬剤が浸透する道筋を直接観察して浸透速度や濃度による違いなどを定量化し、それらのデータから製品開発に役立てたいと考えています。

現状は培養細胞などを用いて細胞表面から観察していますが、ただし、非将来的な可能性としては内視鏡にコヒーレントラマン顕微鏡を組み込むことを考えています。
そうした技術が実現すれば切開手術により観察部位を露出させる必要がなくなり、例えば消化管や尿路、生殖器などの疾患の診断などに活用することも可能になるかもしれません。
また、当研究室には脳内でアミロイドβが蓄積していく様子や、動脈硬化の初期段階に血管内壁にコレステロールが沈着し始めている様子をリアルタイムに観察するための研究にチャレンジしている学生たちもいます。

この技術が異分野をつなげる架け橋になる

当初は、主に医療分野を中心に研究領域が広がってきたコヒーレントラマン顕微鏡ですが、研究が進むにつれて、この技術をコアとしてさらに研究領域を広げることが可能だと分かってきました。
そうして設立されたのが「命をつなぐ技術コンソーシアム」です。

コヒーレントラマン顕微鏡技術以外の6つのキーテクノロジーについては、それぞれのキーテクノロジー紹介のページで詳しく紹介されていますが、コンソーシアムによって次々と新たな研究領域が広がりつつあります。

例えば、先に紹介した神経細胞内で麻酔薬分子を検出する技術を応用して、臭いの元になる物質の研究が行われています。
ヒトを含む動物では、空気中を漂ってきた臭い物質が鼻腔の粘膜中に溶け込んで嗅覚受容体に検知され、その電気信号が神経細胞を通じて大脳に送られて認識されます。
この臭いを検知するプロセスにおいて、臭い物質の生体内分布を捉えようというものです。また、生きた腸の中で腸内細菌が分解した瞬間の生成物の動態を捉えることができないかという研究なども進行中です。

現状ではコヒーレントラマン顕微鏡技術をコアとして、各キーテクノロジーが発展・応用するような体制となっていますが、コンソーシアム代表者としてはこの技術ありきでありたいとは思っていません。
そもそもこの技術を普及させるためであれば、わざわざコンソーシアムを形成する必要もないはずです。

理想としているのは、コアとなるキーテクノロジーをきっかけに今まではあまりつながりのなかった学術分野がつながり、新しい学問領域や技術を生み出し、産業化の可能性へと広げていくこと。
すでにコンソーシアム設立をきっかけに、獣医学、感染症学、植物学(防疫)、神経生理学、がんの診断などの異なる研究分野がそれぞれ深みを持って発展しはじめている手応えを感じています。
多くの企業が参画を申し出てくれているのも、このような領域横断的な体制に魅力を感じてのことでしょう。

2021年度には小金井キャンパスの工学部にしかなかったコヒーレントラマン顕微鏡を、農学部、獣医学部のある府中キャンパスにも設置しましたので、今までよりも多くの研究プロジェクトでこの顕微鏡を利用できるようになります。
そうした研究成果がフィードバックされることで、顕微鏡技術も向上するのです。

従来の顕微鏡技術では、目的とする物質などの「コンテンツを見たい」ということを目的としてきましたが、物理学をバックグラウンドとする私は、その現象の意味とそこから得られる結果に至るストーリーといった「コンテキストを見たい」ということを原動力として研究を進めています。
今後は、基礎・応用研究と、さらにその先にある産業化までのストーリーを意識しつつ、コンソーシアムだからこそできるチャレンジを続けていきます。

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コンソーシアムから生まれた技術をイノベーション創出や標準化につなげるため、一橋大学イノベーション研究センターと連携。
私たちの技術がその先の社会にどのように影響をおよぼすのかを検証・検討し、健康・医療に関する「新産業の創出」と「社会システムとしての定着化」に向けた取り組みを推進しています。
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