7Key Technology 7つのキーテクノロジー

Key technology 02
エピジェネティクスセンシング

DNA特殊構造からメチル化を検出して、発症前診断につなげる

東京農工大学 大学院工学研究院
生命機能科学部門
池袋 一典 教授

1985年東京大学工学部工業化学科卒業。1993年同大学大学院工学系研究科合成化学専攻博士課程修了(工学博士)。東京大学先端科学技術研究センターを経て、2001年から東京農工大学工学部勤務。2009年より現職。グローバルイノベーション研究院、大学院生物システム応用科学府も兼任。主な研究テーマは、進化分子工学的手法を用いた新規DNAアプタマーの開発、アプタマーを用いた新規分子検出法の開発、エピジェネティック修飾センシングシステムの開発など。

DNAに目印をつけて後天的に遺伝子発現をコントロールするDNAメチル化は、がんや精神疾患などさまざまな病気の発症に関係していることがわかっています。
そこで、DNAメチル化をコヒーレントラマン顕微鏡を使って簡便かつ迅速に検出し、病気になる前に見つける「発症前診断」につなげたいということがこの研究の目指しているものです。

Key Words

  • DNAメチル化
  • エピジェネティクス
  • 発症前診断
  • グアニン四重鎖構造
  • アプタマー
  • DNAマイクロアレイ

疾患発症にもかかわるエピジェネティクス

生き物の体はDNAに書き込まれた遺伝情報に基づいて作られていますが、DNAだけが生体の全てをコントロールしているわけではありません。
同じDNA遺伝情報を持っているはずの一卵性双生児でも性格や罹患する病気が異なりますし、同じDNAから作られる細胞がさまざまな細胞へと分化してひとつの生体を形成しています。

このようにDNAの塩基配列が同じまま生み出される“違い”は、「エピジェネティク修飾」という分子機構によるものです。
遺伝子につけた目印(エピゲノム)が、使う遺伝子と使わない遺伝子を切り替えるスイッチの役目を果たし、後天的に遺伝子の働きを変えます。

エピジェネティックな目印といえばDNAのメチル化とヒストン修飾が主ですが、私たちが特に着目しているのはDNAメチル化です。
DNA塩基の中のC(シトシン)に-CH3という分子(メチル基)がつく(メチル化する)ことで、細胞分化の方向性を決めるなど形質に大きな影響をおよぼすとともに、さまざまな疾患の発症原因であるとして近年研究が進んでいます。

中でもがん領域における研究の発展はめざましく、メチル化の異常によりがん抑制遺伝子が働かなくなり、がん細胞の増殖を促していることなどがわかってきました。
従来、がんは遺伝子異常によるものであるとされていますが、DNAメチル化異常もがん発症にかかわる重要なポイントだと考えられるようになってきたのです。
DNAメチル化異常がかかわる疾患はがんに限りません。
自己免疫性疾患、精神・神経疾患、腎臓・代謝疾患、婦人科疾患など、あらゆる疾患に影響していることがわかっています。
疾患別にメチル化異常が起こる遺伝子も次々と同定されています。

DNAのメチル化異常を医療に応用しようという研究も盛んで、すでにがんの術後診断などで実用化されています。
しかし、私たちはさらに先を見据えて、メチル化を調べることで特定の病気の発症を予測する「発症前診断」を実現したいと考えています。
例えば、乳がんの原因タンパクのひとつであるHER2の関連遺伝子のメチル化を調べてみると、発症前後でメチル化が変化しています。
そのように発症前のDNAメチル化を捉えることで、発症予防または治療に役立てるのです。

検体に試薬をトン合してリアルタイムPCRを行うとメチル化頻度を測定できる検出方法開発

グアニン四重鎖構造からメチル化を可視化

メチル化異常により発症前診断を行うには、DNAのメチル化を検出する必要があります。
現在、メチル化を調べる方法として、主にバイサルファイト法が使われています。
これはDNAをバイサルファイト(亜硫酸水素塩)で処理して、塩基を化学的に修飾する方法で、バイサルファイト処理をされたDNAのうちのメチル化されていないシトシンはウラシルに変換されます。
一方、メチル化されたシトシンはそのまま残るため、バイサルファイト処理の前後で塩基配列を決定して比較するとメチル化された場所が特定できるのです。

ただし、この方法には大変な労力と時間がかかるという問題があります。
これは発症前診断として実用化するうえでかなり大きな障害です。
発症前診断として使うのであれば検査後15分以内で結果を出せねばならず、検査から結果が出るまで30分以上待たされると被験者が日常生活のなかで診断を受けない、とする統計データもあります。
そこで私たちは、別アプローチによりメチル化を検出する方法の研究に取り組んでいます。
ポイントは「DNAの構造(形)」です。

DNAはワトソン&クリックが発見した2重らせん構造であることが知られていますが、染色体の末端にあるテロメア(染色体を保護する「命の回数券」と呼ばれる構造)などでは、グアニンが4つ並んだ平面(グアニン・カルテット)が3層に重層化した「グアニン四重鎖」という特殊な高次構造を形成。
グアニン四重鎖構造はどれも同じ塩基配列ながら、ラグビーボールのような形やひねったような形など、周辺の環境によって全く異なる構造(形)になり、がんをはじめとした疾患の発症をはじめとしたさまざまな生命活動に関わっていることがわかってきました。

私たちはグアニン四重鎖構造に対して特異的に結合する分子(大環状ポリオキサゾール系分子:OTD)による蛍光プローブを作製し、DNAマイクロアレイを用いて迅速に大量のグアニン四重鎖を検出する手法を開発しました。
その後、ヒトゲノム配列の中からグアニン四重鎖がクラスターで存在している領域を約1万カ所同定し、そのうちの約3700カ所が遺伝子発現を制御する領域で、さらにそのうち95個ががん遺伝子であることを解明しました。
また、メチル化によりグアニン四重鎖構造が変化することを発見しました。この研究をきっかけに、グアニン四重鎖構造の変化からメチル化DNAを検出する可能性を見いだしました。

メチル化により構造が変化するグアニン四重鎖に特異的に結合する蛍光プローブを開発

発症前診断の実現に向けた第一歩

OTD蛍光プローブとDNAマイクロアレイを用いた方法によりグアニン四重鎖構造を検出することは可能になりましたが、発症前診断を目的とした場合、できるだけ試薬を使いたくはありません。
また、超高速にグアニン四重鎖構造を検出できるとはいえ、まだ数時間の時間を要します。

その点コヒーレントラマン顕微鏡は、無標識で生体内分子の構造を瞬時に捉えることが可能です。
現実にはまだ越えなければならないハードルが多数存在していますが、原理的には、試薬が不要で、早さ、簡便性、均質性などにおいても発症前診断に応用できる技術であると大いに期待しています。
また、現在想定しているのは採血してゲノムDNAを持つ白血球のメチル化を調べる方法ですが、いずれは採血もせず皮膚の上からプローブを当てて静脈を計測する、非侵襲な検査方法が理想だと考えています。
その実現には何十年もかかるでしょうが、コヒーレントラマン顕微鏡ならばそれも可能にするポテンシャルを秘めていると考えています。

現在は、統合失調症などの精神疾患の発症に関わる領域をターゲットに、グアニン四重鎖構造の変化しているところでメチル化を検出できるかどうかを研究しています。
この方法で検出系ができたら、実際に発症前診断として使えるかどうか、医療系研究者や臨床データなども用いてより具体的に検証することが次のステップとなります。

また、発症前診断の実現はもちろん、革新的な治療法や薬剤の開発ということも見据えています。
グアニン四重鎖構造のようなDNAの異常構造は、それ自体が核酸医薬として使える可能性も秘めているからです。
例えば、特定の物質と特異的に結合するアプタマーと呼ばれる核酸分子は、抗体より特異度が高いことから医療分野で注目されています。
アプタマーの中にはグアニン四重鎖構造を持つものもあり、本コンソーシアムでの取り組みはDNAメチル化だけでなく新規アプタマー探索にも活かせるはずです。

そのようにコヒーレントラマン顕微鏡を活用することで私は生体内のメチル化を見ようとしていますし、コンソーシアムのほかの研究者たちは生命・生物系のそれぞれの分野で必要とされる計測、可視化技術を実現しようとしています。
それぞれが見ようとするものは異なっていますが、解決すべき問題は同じであることが多く、解決方法も重なることが多々あります。
それらがオープンイノベーションという形で共有できるということについても、このコンソーシアムの意義が十分あるのです。
これらは、将来の「病気にしないようにする(発症前診断)」「治せない病気を治せるようにする(新規核酸医薬)」の実現につながると信じて、今後も各方面との共同研究を進めていきます。

Connection with members
発症前診断実現のためには企業との連携も欠かせません
本コンソーシアムでは、光学系や化学系の企業と共同研究を進めています。
研究内容は、メチル化検出のための基盤技術開発、発症前診断を見据えた検査キット開発など、基礎から応用まで幅広く展開しています。
今後は臨床系との連携も強めたいですし、コヒーレントラマン顕微鏡とは別のメチル化を検出する技術を持つ企業とも連携したいと考えています。
CONTACT
PAGE TOP