7Key Technology 7つのキーテクノロジー

Key technology 06
がん細胞のイメージインフォマティクス

「細胞の指紋」による、がん診断法の確立めざす

東京農工大学 大学院工学研究院
生命機能科学部門
田中 剛 教授

1995年東京農工大学工学部物質生物工学科卒業。2000年同大学大学院工学研究科物質生物工学専攻博士課程修了(工学博士)。その後は英国ヘリオット・ワット大学リサーチ・アソシエートを経て、2002年より東京農工大学勤務。工学部助手、大学院共生科学技術研究部講師、大学院共生科学技術研究院准教授を経て、2015年より現職。2009〜2015年、JST CREST「海洋微細藻類の高層化培養によるバイオディーゼル生産」研究代表者を務める。

がんの診断では、がん細胞そのものを検出することが極めて有効といえます。
そこで「細胞フィンガープリント法」という手法を開発し、血中の多種多様な細胞のなかから、がん細胞を検出する技術を確立しようとしています。
さらに、コヒーレントラマン顕微鏡との連携で、検出技術の精度を高めようとしています。

Key Words

  • がん診断
  • 細胞フィンガープリント法
  • 血中循環腫瘍細胞(CTC)
  • 機械学習
  • コロニーフィンガープリント法
  • 病原菌

多種多様な細胞から、がん細胞を見極める

人の平均寿命は伸び、「人生100年時代を迎える」ともいわれます。
寿命が延びるほど、一生のうちでがんになる率も高まるため、より一層がんは身近な病気になっていくと考えられます。
そのため、がんの早期診断の重要性もますます高まっていきます。

現在、がんの診断は、病理医とよばれる専門医の方々が、検査対象者の体の組織切片などを調べて総合的に判断することでおこなわれています。
しかしながら、さまざまな兆候から総合的にがんを判断するという現在の方法では、ヒューマンエラーによる誤判定の可能性も否定できません。
加えて、病理医不足が深刻化しており、がんの診断が遅れてしまうといった問題も懸念されます。

これらの課題に対して、「がん診断を根本的に変える技術を開発するのが、研究者としての使命」という想いで、私どもは「がん細胞のイメージインフォマティクス」のテーマに取り組んでいます。

このキーテクノロジー6で対象としているがん診断は、「血中循環腫瘍細胞」(CTC:Cirulating Tumor Cells)とよばれるがん細胞の検出によるものです。
がん細胞は、最初にがんができた場所から血液などに入りこんで別の場所に流れ着き、そこでまた増殖します。
これは「転移」とよばれる現象です。
転移が見つかったがんのステージは、5段階中の4と深刻です。
CTCは転移に関与するがん細胞と考えられているため、できるだけ早くCTCを検出することが、以後の治療にも重要となるわけです。

CTCの検出技術はすでに存在し、利用されてきました。
しかし、顕微鏡写真を計240枚、30分以上にわたり撮るという煩雑なものであり、また、がん細胞を蛍光標識した抗体で染色する必要があるため、検出できるがん細胞が限られます。

これに対し、私たちは「細胞フィンガープリント法」という手法をもとにした、新たなCTC検出技術を開発しようとしています。
私と同じ生命機能科学部門の吉野知子教授らとともにこれに挑戦しています。

細胞フィンガープリント法とは、検体の細胞から得られる画像データを用いて、検出したい細胞(ここではCTCなどのがん細胞)に特異的な特徴量があることを見極め、その細胞を検出する方法です。
指紋(フィンガープリント)の情報から特徴を抽出して、保有している指紋ライブラリーと照合し、個人を特定するのとおなじように、細胞から特徴を抽出して、保有している細胞画像ライブラリーと照合し、がん細胞を特定します。
血中には、好中球、リンパ球、単球などの血球細胞も多種多様に存在しますが、そうしたなかでも、がん細胞があることを見極めようとしているのです。

細胞フィンガープリント法は、大きく二つの技術から成り立っています。
一つは、「レンズレス・イメージング」とよぶ技術です。
顕微鏡のレンズを通して画像を得る従来の技術では、視野を絞り込んで観察することになりますが、私どもはレンズでなく、デジタルカメラに使われている二次元フォトセンサや、プリンタのスキャナにも見られるラインセンサなどを使い、広視野を一括撮像して画像データを得ます。
撮像時間は0.2〜10秒ほどと、従来の顕微鏡を使った技術より大幅に短縮できます。
また、非染色状態の細胞を撮像することもできます。

こうして得た画像データを、もう一つの技術である「機械学習」で解析し、画像データ内にがん細胞の特徴をもったものが含まれているかを判別していきます。
判別には、ただ単に形や大きさといった単純な情報だけでなく、エネルギー密度、自己相関性、Zernikeモーメントなど多くの情報をパラメーターにして、画像データ内にがん細胞の特徴があるかを見極めようとしています。

レンズを使わず、デジタルカメラに使われている二次元フォトセンサなどを使って得た、がん細胞のレンズレス画像

病原菌検出や再生医療など、応用先は広い

細胞フィンガープリント法による新たなCTC検出技術の実用化に向け、がん細胞のサンプルを意図的に含めた血液を撮像し、機械学習で判別できるかを確かめる実験に着手しています。
がん細胞の検出技術が、医療機器として実用化されるまでには、試験を段階的に進めていくことになりますが、いまはそれら試験の第一段階である前臨床試験の一歩手前にいる状況といえます。
現在はまだ、限られた種類のがん細胞で試しているのみであるため、今後さらに、対象とするがん腫の種類を広げていく必要があります。
また、検出能力を高めるため、より多くの画像データを機械学習させていく必要もあります。

「画像データの特徴量を抽出し、ライブラリーと照合して、特定のものを検出する」という今回の技術は、がん細胞の検出のみに適用しうるものだとは考えていません。
そもそも細胞フィンガープリント法も、微生物コロニーの画像情報から、特定の微生物がそこに含まれているかを調べる「コロニーフィンガープリント法」を応用したものなのです。
コロニーフィンガープリント法のほうでは、食中毒を引き起こすサルモネラ属菌や大腸菌などの病原性微生物を検出するための技術なども開発しようとしています。

このように、技術の基本的なしくみが共通しているので、広い分野への応用が可能です。
再生医療の分野では、さまざまな種類の細胞があるなかから、キーとなる幹細胞を容易に検出する技術を確立しようともしています。

微生物のコロニー形成動画から得られるあらゆる画像データをビッグデータライブラリーとして用い、多変量解析により、微生物の属、種ごとの違いをマイクロコロニーで明らかにするコロニーフィンガープリント法

コヒーレントラマン顕微鏡との連携も視野に

「命をつなぐ技術コンソーシアム」全体の中では、やはり核心的なキーテクノロジーであるコヒーレントラマン顕微鏡との連携を強く視野に入れています。
より高精度のがん細胞検出技術を構築していくことをめざして、コンソーシアム領域代表もつとめる工学研究院先端物理工学部門の三沢和彦教授と議論を重ねているところです。

コヒーレントラマン顕微鏡も、対象物に照射した光から生じるラマン散乱光という光などを用いて、その対象物に含まれる分子の特徴を解析することから、「分子の指紋を得る」などと表現されることもあります。
私たちの「細胞の指紋を得る」技術との共通性や親和性は高いものがあり、また検査対象者の体への影響がすくない非侵襲的な技術である点も、がん診断という点では魅力的です。

そこでコンソーシアム開始前からコヒーレントラマン顕微鏡と連携をはかることを念頭に置いていました。
キーテクノロジー6の「課題」として掲げている「細胞内構造情報の可視化」は、「がん細胞の検出に役立てるため、細胞の内部まで入って構造の画像データを得る」ことを意味しますが、このハイレベルな手法にはコヒーレントラマン顕微鏡とのコラボレーションが必須と考えています。

私たちがキーテクノロジーとして開発している細胞フィンガープリント法をもとにした技術を確立し、さらにコヒーレントラマン顕微鏡との連携も実現できれば、コンソーシアムで目標としている「日本発の革新的な医療機器」の創出が叶うものと考えています。
こうしたことに貢献するための「基盤」となる技術の開発に日々取り組んでいるところです。

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エキスパート企業と装置を築いていく
解析装置の開発については、この分野のエキスパートであるメーカー2社とともに進めています。
私も装置の設計をある程度はしますが、画像スキャニングを応用したラインセンサなどの装置は特殊性の高いものであるため、企業の開発力が頼りになります。
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