- Key technology 07
- 農産物製造と品質評価法の開発
現場に一番近いところから課題解決に挑む

- 東京農工大学 大学院農学研究院
環境資源物質科学部門 - 吉田 誠 教授
2000年東京農工大学農学部環境資源科学科卒業。2005年東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了(博士(農学))。博士課程在学中に日本学術振興会特別研究員(DC1)、学位取得後、独立行政法人食品総合研究所特別研究員、日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、2006年に東京農工大学若手人材育成拠点にテニュアトラック特任准教授として着任。テニュア取得後、東京農工大学農学部環境資源科学科准教授を経て、2017年 10月より現職。2022年からは副学長(国際交流担当)も務める。2019年にInternational Academy of Wood Science (IAWS) Fellowを授与される。
動植物や微生物にはさまざまな機能性物質が含まれています。
しかし、その物質の生体内での挙動は必ずしも解明されていません。
コヒーレントラマン顕微鏡で生物体内での挙動を把握できれば、さらなる有用な物質の開発や大量生産が進むとともに、それによって農業や林業、食品業界の様々な課題の解決に貢献できると考えています。
Key Words
- 農作物
- きのこ
- 生物資源
- 機能性物質
- 食品
- ペプチド
生物資源から有用な成分を探索

農学は動物、植物、微生物など生物の力を借りて、私たちの生活を豊かにしていく学問です。
当グループでは農業や林業に関わる様々な生物資源を対象に、栽培、培養、分離・精製、合成、機能性評価など多岐にわたる技術を駆使して、生物資源から有用な物質を見出し、より価値が高いものへとデザインすることを目指しています。
たとえば微生物の中では「きのこ」、これはシイタケやマイタケ、エノキタケなど誰もがすぐに思いつく私たちにとって身近な食材ですが、古くから漢方薬などとしても利用されてきました。
植物にもたくさんの有用物質が含まれており、お茶のカテキン、ゴマのセサミン、ワインのポリフェノールなど有名な機能性物質は数えきれません。
このように、農林産物には有用な機能を示す成分が色々と含まれていることがわかっていますが、その機能や有用な効果を示すメカニズムが不明なものが多いのが現状です。
こういったメカニズムを解き明かすことができれば、様々な農林産物からより有用な機能性を持つ物質を見つけ出し、栽培方法を改良して量産する技術や特定の物質の含有量を増やしたり、さらにはその効果的な活用方法までも開発できると考えられます。
当グループでは、有用な機能を持つ物質がその農産物の中でどのように合成されるのか、また、その物質が私たちの体の中でどのように振る舞うことでその効果を生み出すのかを調べるために、コヒーレントラマン顕微鏡を用いて生体内での目的物質の動きを詳細に解析することに取り組んでいきます。

有用な物質の開発と農業の課題解決に挑戦

当グループには農作物や林産物、微生物の専門家に加えて、それらの生物資源由来の物質を高機能化する有機合成の専門家、生物体内での機能や品質を評価する専門家と、多様な専門性を有するメンバーが集結し、農業への貢献を目指して活動しています。
グローバル化の波は日本の農業にも大きな影響を及ぼし、農家さんたちは非常に厳しい状況に置かれていると言えます。
日本の農業をこれまで以上に強くしていくためには個々の生産物の価値を高めていくことがとても重要な課題です。
また、それと同時に、いままで市場性がないという理由で廃棄されていた部分の機能性にも目を向けています。
もし、これまで不要と考えられ、廃棄されてきたものが価値あるものとして生まれ変われば、それは廃棄物処理の軽減という点のみならず、
農産物自体の価値を最大化することにもつながるでしょう。
たとえば、アジア原産の植物であるシャクヤクは根に有用な成分があり、漢方薬として人気です。
これを栽培するには少し時間がかかり、十分な商品価値を持つところまで育てるには3年以上かかります。
その間、農家さんはシャクヤクの手入れをしますが、収穫・出荷するまでは収入を得ることができません。
それどころか、毎年5月ころに咲く花や育った葉などをお金をかけて廃棄せざるを得ない場合もあります。
このような問題に対し、当グループのメンバーがその廃棄物のなかから肌の老化を改善する物質を発見しました。
ここから新たな市場が形成されれば、シャクヤク農家さんにとって新たな収入源となることが期待されます。
この例のように、これまで不要と思われ廃棄されていた部分から機能性物質を探索し、その市場性を切り拓くことで農産物の価値を可能な限り高めていくこと、これが私たちが目指す理想のゴールの一つです。
私たちは、様々な農産物やきのこなどの栽培過程で生じる廃棄物に関しても同様に有用な成分を見出すべく、研究に取り組んでいます。
農作物の生産面での技術開発も欠かせません。
たとえば特定の機能性物質を大量に得るために、その植物を畑で栽培するだけでなく、タンクのような装置内で高密度に細胞を培養することを可能にする細胞培養技術の開発に取り組んでいます。
その際には、そのような生産系の経済的なコストだけではなく、環境負荷の観点からも検討を行います。
近年は、植物工場のような選択肢もあるため、様々な栽培法を考慮しつつ、品質を落とさず、かつ環境負荷を高めない生産法とは何か、それぞれの産物について適した方法を見つけていきたいと考えています。
また、近年、創薬研究においてパラダイムシフトが起きています。
化学合成によって供給される低分子医薬、抗体などのタンパク質を用いるバイオ医薬に加えて、低分子でも高分子でもない中分子サイズのペプチドが、創薬の候補分子として脚光を浴びています。
ペプチドは化学合成することができる「小さなタンパク質」ですが、従来の方法では高純度品を大量に供給することは困難でした。
我々は、従来の方法とは全く異なる原理に基づく新しい合成技術の研究開発に取り組み、ペプチドに代表される中分子創薬を推進します。

シャクヤクの廃棄物のなかから肌の老化を改善する物質を発見
見る技術によって研究が大きく進展することに期待

我々が考えるコヒーレントラマン顕微鏡の最大の利点は、生体内において様々な物質の動きを直接的に観察できることにあります。
もちろん既存の顕微鏡でも分子レベルまで観察することが可能なものは存在しますが、例えば、極低温などの特殊な環境下での観察が必要であるため、細胞を生きたまま観察するのが難しかったり、また、目的の物質を可視化するために、何らかの方法で印をつけたりする必要があるため、顕微鏡で観察する際に印となる分子のサイズが大き過ぎて、目的の物質が本来の振る舞いとは異なる動きをしてしまうことなどの問題点がありました。
コヒーレントラマン顕微鏡は、そのような既存の顕微鏡における弱点を克服することができる観察手法であり、これを活用することで、機能性物質の生体内での本来の振る舞いを、生きた細胞内で直接的に観察することができます。
これは、多様な農作物を対象とした品質管理法や評価法を開発する目的に対しても強力なツールになることが期待できます。
当グループはこのコンソーシアムのなかでは最も新しく設置された課題ですので、まさにこれからといった段階にあると言えます。
我々のグループには、農家さんの困りごとから、日本の農業が抱える課題まで、農学的な現場の問題意識に一番近いところにいる教員が揃っているため、技術ベースのアイデア創出だけではなく、現場の問題や課題を出発点としてアイデアを生み出すことができるという特徴があります。
先述のシャクヤクの事例も、農家さんの収入が乏しく廃業が増えている実情が出発点でした。
私たちのグループは、構成する教員全員が共通の目標に向かって研究を進めていますが、その専門性で見ると、それぞれが異なる専門分野を持っています。
そういう意味では、生物種の垣根を越えた技術的なプラットフォームが構築できるといった点にも大きな可能性を感じています。
また、本コンソーシアムの他のグループは様々な課題を解決するための高度なテクノロジーを有していることから、当グループからの現場の課題に対して、それに適したテクノロジーを持つグループとの密な連携を介して先進的な手法で課題解決に臨むことができそうです。

- Connection with members
機能性物質に期待する企業との連携が加速 - 農業関係者との連携はもちろんのこと、産業界からの生物資源由来の機能性物質に対するニーズは高く、すでにさまざまな企業との連携が始まっています。
新たな機能性物質の開拓と共に、既知の物質の機能をさらに高めることにも取り組んでいきます。