【開催レポート】第1回 命をつなぐ技術コンソーシアム シンポジウム2021
“見える”が拓くミライ”
命あるもの全ての命をつなぎ、よりよく生きるミライへ
開催日時:2021年9月22日(水)13:30-17:00
開催方法:オンラインにて開催
平成30年9月、東京農工大学の「光融合科学から創成する『命をつなぐ早期診断・予防技術』研究イニシアチブ」が国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の「産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)」に採択され、「命をつなぐ技術コンソーシアム」が発足しました。
本コンソーシアムは、東京農工大学(以降、本学)、東京医科歯科大学、一橋大学の3機関と、参画企業37社(2021年9月現在)からなり、2年間のFS(フィージビリティ・スタディ)期間を経て、令和2年度から本格フェーズに移行しました。来年度以降は、各課題の研究開発や個別KT間の交流を加速させ、その先の新規事業開発型へのスピンアウトを目指します。
東京農工大学では、これまでの研究プロジェクトを振り返りつつ、本コンソーシアムの今とこれからを伝えることを目的としたシンポジウムを開催。研究概要の紹介と各研究課題担当教員による研究報告を行いました。ここでは11名の研究者による研究報告を中心に、当日の様子をレポートします。
<オープニング>
シンポジウムは、本学の千葉一裕学長の開会挨拶から始まり、文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域支援課 産業連携推進室の下岡 有希子室長、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の白木澤 佳子理事来賓挨拶と続きました。
次に、本学工学研究院 工学研究院長/教授の三沢和彦領域統括より、本学が展開するイノベーション・エコシステムについての説明があり、その中におけるコンソーシアムの使命、今後に向けた展望などが語られました。
<コンソーシアム研究概要>
キーテクノロジー1「生体関連小分子の無標識検出技術」
三沢 和彦 工学研究院長/教授(東京農工大学工学研究院/研究開発課題1代表者)
本コンソーシアムのキーテクノロジーである位相制御コヒーレントラマン顕微鏡は、生きた細胞や組織の中に存在する分子の構造を無標識・非破壊で観察できる技術です。従来法は3本のレーザー光が必要であるところ、1台のレーザー装置で3本分の役割を実現できることが特徴で、東京農工大学単独で特許を出願しています。
課題1の研究成果としては、本学伊藤輝将特任准教授が主導して進めている局所麻酔薬・鎮痛消炎剤の皮膚浸透についての研究があります。皮膚表面から薬剤を塗布し、皮膚内部に薬剤成分が浸透する時間変化をコヒーレントラマン顕微鏡で観察したところ、局所麻酔薬(リドカイン)は皮膚表面からは浸透せず、消炎鎮痛剤(ロキソプロフェンナトリウム)は皮膚深部に向かって浸透していく薬物動態の可視化に成功しました。
<研究報告>
キーテクノロジー4「オプトリピドミクス・食由来栄養」
木村 郁夫 特任教授(東京農工大学農学研究院・京都大学生命科学研究科 教授/研究開発課題5代表)
当研究室では、食由来栄養認識受容体の中でも、腸内細菌の代謝物質である短鎖脂肪酸に着目しています。最近の研究成果では、妊娠中の母胎が食物繊維を摂取することで、その体内の腸内細菌が作る短鎖脂肪酸が妊娠中の胎児に移行し、胎児期の発達に影響を与え、生後の肥満を抑制することを明らかにしました。
こうした研究では局所部位ごとの定量的な計測が不可欠であることから、短鎖脂肪酸(酢酸)を入れたマウス腸管組織切片をコヒーレントラマン顕微鏡で測定。GC/MS(ガスクロマトグラフィー質量分析法)との比較においても、定量性を維持して測定できることがわかりました。
キーテクノロジー4「オプトリピドミクス・食由来栄養」
永岡 謙太郎 教授(東京農工大学農学研究院/研究開発課題5担当者)
哺乳類の母乳に含まれるアミノ酸代謝酵素は、その母乳を飲んだ子の腸内細菌叢や成長後の脳機能にも影響することがわかっています。本コンソーシアムにおいて、母乳成分をコヒーレントラマン顕微鏡で観察。脂肪分が異なる牛乳の24サンプルの解析では、トリグリセリドのピーク強度から高脂肪乳と低脂肪乳の違いを可視化することができました。
牛の乳房炎についての研究では、ラマン顕微鏡を活用し、乳房炎ではない泌乳初期、乳房炎を発症した8頭、発症しなかった15頭とを比較したところ、特定成分のピーク強度の違いから乳房炎の早期診断につながる可能性を見いだしました。
キーテクノロジー5「感染症・疾病の未来予想と未然対策」
有江 力 教授(東京農工大学農学研究院/研究開発課題6代表者)
近年、病原体の変異株を意図的に作製し、ゲノム解析・比較をすることで、変異やその確率を推察、将来起こりうる新たな感染症を予想することが可能になりつつあります。私たちはこうした学問を「未来疫学®」と呼び、植物、動物、昆虫などへの、菌・細菌・ウイルスなどによる感染症の予想と未然対策の研究を行っています。
植物に関しては、病原菌の病原性の変化や薬剤耐性が生じるメカニズムを明らかにし、将来起こりうる変異株を予測します。また、植物の抵抗性を誘導する薬剤(V剤)の研究において、マーカー分子であるサリチル酸(SA)量をコヒーレントラマン顕微鏡を使って解析しています。現在は、組織中のサリチル酸(SA)濃度がラマン顕微鏡の検出限界を下回っているため植物生体内の局在イメージングはできていませんが、性能向上によって近く観察可能になるものと期待しています。
キーテクノロジー5「感染症・疾病の未来予想と未然対策」
水谷 哲也 教授(東京農工大学農学部附属感染症未来疫学研究センター/研究開発課題6担当者)
動物のウイルスを対象とする当研究室では、さまざまなウイルスの細胞内における変化をコヒーレントラマン顕微鏡により捉えようとしています。豚パルボウイルスに感染した細胞はアポトーシスと呼ばれる細胞死を起こすことから、ラマン顕微鏡によりアポトーシス特有のシグナルを観察。感染の初期、中期、後期それぞれに特徴的なシグナルを生体内で捉えることに成功しました。
猫伝染性腹膜炎ウイルスについては、感染初期に活性するシグナル伝達経路を捉えるため、シグナル伝達系のリン酸化を経時的に観察しました。ラマン顕微鏡で解析する細胞内分子の候補を見いだしました。
キーテクノロジー7「農産物製造と品質評価法の開発」
吉田 誠 教授(東京農工大学農学研究院/研究開発課題9代表者)
本研究課題では、農産物の中から有用性を示す化合物を見つけ出し、コヒーレントラマン顕微鏡技術などにより標的化合物の挙動を解析して、市場に合わせた分子デザイン、大量生産方法の確立などを目指しています。
例えばシャクヤクは花と根に市場価値がありますが、私たちの研究により、花弁やカルスといった通常捨てられてしまう部分に皮膚の機能を改善させる物質が含まれていることがわかりました。また、低環境負荷の溶媒中でより短時間に生物活性ペプチドを合成する技術の開発や、再生可能エネルギー100%の画期的な植物工場での実験などにも取り組んでいます。
キーテクノロジー6「がん細胞のイメージインフォマティクス」
田中 剛 教授(東京農工大学工学研究院/研究開発課題7代表者)
本研究課題では、細胞集団の画像情報を機械学習により判別する新たな手法を開発しており、病原性微生物からがん細胞まで様々な細胞判別法の確立を目指しています。微生物診断に関する研究では、生物コロニーの画像特徴量を抽出し、これまでに蓄積してきた画像ライブラリと照合することで病原性微生物か否かを迅速に判定します。
血液中を循環しているがん細胞(CTC)をターゲットにした細胞診断については、様々ながん種の患者サンプルからCTCを検出する臨床試験を行い、その有用性を明らかにしました。より最近の知見では、転移性胃がん患者由来のCTCを対象とした単一細胞トランスクリプトームデータから、CTCに特徴的な性質を明らかとしており、CTCの形態情報との関連性を解析しております。
キーテクノロジー2「エピジェネティクスセンシング」
池袋 一典 教授(東京農工大学工学研究院/研究開発課題3代表者)
私たちは、DNAメチル化を調べることで発症前診断を実現しようとしています。グアニン四重鎖構造という特殊な構造に着目している点が特徴で、構造の変化から迅速にメチル化を検出する技術を開発中です。
これまでの研究では、ヒトゲノムDNAにおいて頻繁にメチル化が起きるCpGアイランドに2000以上ものグアニン四重鎖構造が形成されていることを発見し、世界で初めて報告しました。また、統合失調症の発症に関わるプロモーターについてCDスペクトルにより観察したところメチル化により明らかに構造が変化していましたし、タンパク質との結合の変化からでもDNAメチル化を検出できることを見いだしました。
キーテクノロジー3「生体恒常性破綻による疾病予測」
渋谷 淳 教授(東京農工大学農学研究院/研究開発課題4代表者)
※発表は村上 智亮 准教授(東京農工大学農学研究院/研究開発課題4担当者)
本研究課題では6人の参画教員がそれぞれに研究を進めています。今回はその一部をご紹介します。
・渋谷 淳 教授
「不可逆的神経発達障害モデルを用いたエピゲノム制御破綻分子の責任機序の同定」という研究テーマにおいて、大脳海馬の神経新生をターゲットに発達神経毒性を検出する新たなストラテジーを構築。「in vivo細胞老化モデルを用いたエピゲノム制御破綻分子の責任機序の同定」では、DNAメチル化異常を起点とする発がん性予測指標を見出すとともに、発がんスイッチオンにつながる機序を発見しました。
・村上 智亮 准教授
「未知のアミロイドーシスの新規同定および病態機序解明、発生予測」において、いくつかの動物で初めてのアミロイド同定に成功。「アミロイドの非標識検出法の確立および非標識イメージングの試み」では、牛レバーのアミロイドについて蛍光指紋解析を用いて調べ、特異的蛍光パターンからアミロイド検出に成功しました。
・臼井 達哉 特任講師
「生体内のがん組織における治療抵抗性の予測を可能にする検査システムの開発」
「大腸がんオルガノイドにおける抗酸化サプリメントのクルクミンによる抗腫瘍効果と抗がん剤抵抗性改善メカニズム」
・黒田 裕 教授
「LC-MS/MSを用いた未精製・部分精製試料におけるビタミンD検出」
「動的光散乱法を用いた抗デング熱ウイルス抗体の検出法の開発」
・太田 善浩 准教授
「ミトコンドリア病患者由来細胞計測による病態の分子メカニズムの研究」
・西河 淳 教授
「細胞種特異的なカルシウムシグナリングの時空間的動態制御機構の解明」
キーテクノロジー1関連技術
「蛍光偏光顕微計測の応用展開を拓く新規蛍光標識POLArIS法について」
寺田 純雄 教授(東京医科歯科大学医歯学総合研究科/研究開発課題8代表者)
蛍光偏光顕微鏡では、偏光方向から蛍光標識された分子の向き、構造変化を観察することができます。ただし、現状では偏光観察のための汎用的な蛍光標識方法がないことから、私たちは抗体様小分子のアフィマーを利用して汎用的蛍光偏光プローブ「POLArIS法」を構築しました。POLArISにより結合したGFPと被標識分子は相互の立体的な位置関係が保持されており、これにより偏光観察に適した蛍光標識が自在に実現可能となりました。
線維状アクチンを標識するPOLArISを使った蛍光偏光顕微鏡観察では、細胞分裂時の境界面に現われる収縮環と呼ばれるアクチンのリング状構造が立体的に可視化されたほか、イトマキヒトデの卵母細胞が受精後分裂する際に離合集散する、従来知られていなかったアクチン関連構造(「FLARE構造」と命名)を発見するなどの研究成果をあげています。
「開発技術の国際標準化」
江藤 学 教授(一橋大学イノベーション研究センター/研究開発課題2代表者)
国際標準化というとISOなどの狭い国際標準をイメージしがちですが、強制力が弱いフォーラムや学会標準も普及すれば一気にデファクトスタンダードになります。本コンソーシアムが注目するのもその部分で、学会標準のデファクト化、国際標準化を進めていこうとしています。
本コンソーシアムでは自然科学領域研究と社会科学領域研究を進めることで補完関係を高め、お互いにフィードバックできる強みがあります。「Moving Target」と呼ばれるように研究のゴールを動かしながら、社会にとってより適切な形を目指します。プロジェクト終了までに、コヒーレントラマン顕微鏡を誰もが自由に研究に活用できるような体制を整えていきたいと考えています。
<閉会>
約3時間におよんだシンポジウムは、本学の直井勝彦理事(学術・研究担当)の閉会挨拶により無事閉会となりました。
今回のシンポジウムを通じて各研究における最新の知見への理解が深まり、キーテクノロジー間や参画企業との連携がさらに進むことが期待されます。
本コンソーシアムの研究成果については随時ホームページ等で発信していきますので、今後もご支援をお願いいたします。